「yes, and?」は、即興演技で相手の提案を受け入れ、さらに話を進めるための言葉です。
ただしアリアナ・グランデは、このフレーズを批判に対する「そう、それで?」という返答にも変えています。
MVでは、彼女を品定めする批評家たちが、目の前で始まるダンスによって観客へと変わっていきます。
「yes, and?」は、同意ではなく前進の言葉
即興演技における「Yes, and」は、相手が提示した設定を否定せず、そこへ新しい要素を加えて場面を進めるための基本的な考え方です。
曲のタイトルにはクエスチョンマークが付いています。これにより、素直な「そうだね、そして」だけでなく、他人の評価を受け流す「はいはい、それで?」という響きも生まれています。
歌詞でアリアナが示すのは、批判に一つずつ説明を返す姿勢ではありません。自分の身体や私生活について他人が勝手に線を引くことを拒み、人生の続きを自分で選ぶ態度です。
タイトルは相手の言葉を受け止めるためではなく、そこで立ち止まらないために使われています。
批評家を客席に座らせたMV
MVの冒頭には、限定公開の試聴会へ向かう批評家たちが登場します。彼らが話しているのは、アリアナの音楽だけではなく、容姿や過去のイメージ、音楽以外の活動についてです。
会場に入ると、ステージにはアリアナとダンサーたちの石像が並んでいます。ビートが立ち上がると石像が崩れ、生身のアリアナたちによるパフォーマンスが始まります。
批評家を画面の外に置かず、あえて客席へ座らせる構成が重要です。評価する側と評価される側の関係を固定せず、音楽が始まった瞬間に主導権をステージへ戻しています。
最初は腕を組むように眺めていた観客も、次第に身体を動かし、最後には興奮した様子で会場を後にします。このMVは批評家を論破するのではなく、踊らせることで言葉の力を失わせています。
画面を狭めるほど、ダンスが大きく見える
監督はChristian Breslauer、撮影監督はGaul Porat。映像はPaula Abdulの「Cold Hearted」を直接的な参照元の一つとし、1980年代後半から90年代のダンスMVを思わせる構図で作られています。
縦に近い1.33対1の画面比率が採用され、横方向へ景色を広げるよりも、アリアナとダンサーの身体を画面中央へ集めています。カメラも激しく動き続けるのではなく、決められたフレームの中で振付を見せる場面が中心です。
バレエとヴォーグを混ぜたような動き、窓から差し込む方向性のある光、低い位置から見上げる角度が重なり、ステージにはリハーサル室のような緊張が生まれています。
情報を増やすのではなく、画面を狭めることでダンスを大きく見せる。レトロな映像形式が、単なる懐古ではなく身体表現を前へ出す仕掛けになっています。
大声で押さないから、境界線の言葉が近づく
サウンドの中心にあるのは、一定の速度で進むハウスのビートと、鍵盤やシンセを短く刻むダンスミュージックの感触です。1980年代後半から90年代初頭のクラブ音楽を思わせながら、音数は比較的整理されています。
アリアナは得意とする大きな高音や長いヴォーカルランを前面に出さず、軽く息を含んだ声でリズムの上を進みます。ブリッジでは歌うというより宣言するような語り口へ変わり、身体や私生活への口出しを拒む言葉が一段近くまで届きます。
強い言葉を叫ばず、ビートの中へ置いていくからこそ、説教のようには響きません。反論を重く抱え込まず、音楽に変えて先へ運ぶ軽さがこの曲の強さです。
サビに入るたび、ビートに体が押し出される一方で、歌詞では他人との境界線がはっきり引かれていきます。
批判を消すのではなく、次の客を迎える
「yes, and?」は、2020年の『Positions』以来となるアリアナのソロ新曲として発表され、アルバム『eternal sunshine』の先行シングルになりました。Max Martin、Ilya Salmanzadehと共同制作され、Billboard Hot 100では初登場1位を記録しています。
MVの最後では、パフォーマンスを見終えた批評家たちが去ったあと、別の批評家たちが会場へ入ってきます。アリアナとダンサーは再び石像へ戻り、同じ出来事が繰り返されるように映像が閉じられます。
一度のパフォーマンスで世間の批判が消えるわけではありません。それでも、新しい評価が入ってくるたびに自分を作り直す必要はない。必要になれば再び石像を壊し、自分の表現を始めればいいという結末にも見えます。
「yes, and?」で見せたダンスフロア志向のアリアナから、バラードやR&B、映画的な物語を持つ楽曲まで続けて知ると、時代ごとに変化してきた表現がより見えやすくなります。

