「Ditto」は英語で「同じ」「私も」という意味です。歌詞では、片思いの相手に「あなたも同じ気持ちだと言って」と返事を求める言葉として使われています。
NewJeansはその曖昧な距離を、公式MVのSide AとSide Bで「大切な記憶は本当に存在したのか」という物語へ広げました。
「Ditto」は“私も”という返事を待つ言葉
英語の「ditto」は、直前に相手が言った内容を繰り返さず、「同じ」「私もそう」と返すときに使われる言葉です。
歌詞の語り手が欲しいのは、長い告白ではありません。自分と同じ気持ちだという、短くても確かな返事です。
サビの「Say it ditto」という言葉には、積極的に距離を縮めたい気持ちと、拒まれるのが怖くて相手からの言葉を待ってしまう弱さが同時に含まれています。曲名そのものが、まだ成立していない両思いを表す合言葉になっています。
軽いビートほど、言えない気持ちが浮かぶ
「Ditto」の土台には、細かく跳ねるようなボルチモアクラブ由来のリズムがあります。ただし、クラブミュージックらしい強さを前面に出すのではなく、柔らかなハミングや抑えた歌声を重ねているのが特徴です。
リズムは絶えず前へ進んでいるのに、歌詞の語り手は相手の返事を待ったまま動けません。この音と感情のずれが、明るく聴こえる瞬間にも小さな不安を残します。
激しく歌い上げないからこそ、声が独り言のように近くまで届きます。ビートに体を預けられる曲でありながら、言葉だけは胸の内側にとどまり続けるように響きます。
二つのMVが、同じ記憶を反転させる
公式MVは、Side AとSide Bの二部構成です。物語の中心にいるのは、ビデオカメラを持った女子生徒Ban Hee-soo。彼女はNewJeansの5人と学校で過ごし、廊下を走る姿や踊る様子を撮影しています。
しかし、映像が進むにつれて、彼女が見ていた5人は本当にそこにいたのか分からなくなります。楽しそうな記録だったはずの映像が、別の視点では孤独の証拠にも見えてきます。
このMVでは、カメラは思い出を保存する道具ではなく、失ったものが本当に存在したと確かめる装置になります。
Side AとSide Bは似た場面を共有しながら、希望と喪失のどちらへ傾くかが異なります。同じ出来事でも、見る側の時間や感情によって意味が変わることを、二つの映像が示しているようです。
Ban Hee-sooは、見つめる側の名前
「Ban Hee-soo」という名前を続けて発音すると、NewJeansのファンネーム「Bunnies」に近く聞こえます。メンバーのMinjiも、この物語をNewJeansとBunniesの関係として受け取れると語っています。
その視点で見ると、カメラを構えるHee-sooは、ステージや画面の向こうにいるNewJeansを記録するファンの象徴にも見えてきます。
アイドルとファンは同じ時間を共有しているように感じても、実際には画面を挟んだ関係です。それでも、曲や映像を見て過ごした時間まで偽物になるわけではありません。
MVは一つの答えに固定されておらず、青春時代の友人、過去の記憶、ファンとアーティストなど、複数の関係として読める余白を残しています。
物語を離れると、振付の軽さが見えてくる
Side A・Bの物語から離れ、曲のリズムと振付を中心に見せる映像です。
細かなステップを刻みながらも、動きには力を入れすぎない軽さがあります。メンバー全員が同じ形を正確になぞるだけではなく、それぞれの身体の揺れを残しているため、学校の友人たちが自然に集まって踊っているようにも見えます。
物語MVを見たあとでは、その楽しそうな振付にも別の意味が生まれます。Hee-sooのカメラに残されていた時間を、今度は観客自身が正面から見返しているような感覚につながります。
懐かしさではなく、記憶の不確かさを描いた
「Ditto」は、NewJeansがデビューして間もない2022年12月に、『OMG』の先行曲として公開されました。
古いビデオカメラの質感や学校を舞台にした映像には、1990年代から2000年代を思わせる要素があります。ただし、昔の雰囲気を再現するだけではありません。
映像が粗いからこそ細部が見えず、記憶の中で誰かの顔や声が少しずつ曖昧になっていく感覚と重なります。懐かしさを飾りとして使うのではなく、失われていく時間を見せる手段に変えたことが、このMVを一度見ただけでは終われない作品にしています。
「Ditto」で描かれた静かな片思いと記憶の物語から、NewJeansがほかの楽曲では恋や友情をどのように描き分けているのか、続けて聴き比べてみてください。

